君の膵臓をたべたいがめっちゃ面白かった

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君の膵臓を食べたいがとってもおもしろい

小説とか絶対読まなそうと言われます。(ずっとPCとにらめっこしてるから)

でも昔は小説も好きで結構読んではいたのですが、インターネット環境が整うことと比例して小説などの物語からは離れて行きました。

そんななかお昼ごはんぱぱーっと済ませて本屋さんをぶらぶらと見ていると「君の膵臓をたべたい – 住野よる」という本を見つけました。

タイトルと綺麗なイラストに惹かれ手にとってぺらぺらと見てみました。
余談ですが小説はハードカバーが好きです。

読み始めて最初に思ったのはすごく読みやすいなぁと思ったこと。
小説を読むことはここ何年もずっとしていなかったのに、スラスラと頭のなかに入ってくると素直に驚きました。

あまりの面白さとその読みやすさにつられ、そのまま休憩時間が終わるまで読み続けそのまま購入してしまいました。

俺が小説ちゃんと読むかなぁ?と思っていましたが、読み始めるとこれがまた面白くががーっと読んでしまい2日で読了してしまいました。

これはおもしろい。

君の膵臓を食べたい

https://www.youtube.com/watch?v=so7f31I_6ng

最初にタイトルを見た時に思ったのは、ひぐらしのなく頃に的なグロテスクな感じな物語かと勘違い。

ところが読んでみると、どこまでもピュアで爽やかな青春小説で、その中でも特に爽やか要素が大きい作品だと感じました。(すっきり・清涼感?)

テーマは生きる。

支えあって生きる。自分と戦って生きる。選択して生きる。流されて生きる。
そういう小説内で掘り下げられていてわかりやすい所と、日常の中の見つけづらいこと。

生きるがぎゅぎゅっと100%瓶詰めされてこの本のなかに閉じ込められています。

最初に書いたとおり、すーっと読みやすいリズムで【僕】と彼女との会話だったり情景描写を読んでいくと、まるで問いかけの瓶を開けるような楽しみがありました。

読み進めるにつれて「君の膵臓をたべたい」の意味がわかってきます。
それも、その場その場で受け取り方が変わることも面白い
だからこの意味の受け取り方は人によってちょっと違ってくるかなとも感じました。

偶然、僕が拾った1冊の文庫本。
それは、クラスメイトである山内桜良が綴った、
秘密の日記帳だった

–「愛してる」より素直な言葉を、僕らは知っている。

「君の膵臓をたべたい」のあらすじはこんな感じ。
より詳しく書くと、膵臓の病気を患った山内桜良と【僕】の物語。
恋人とかではなく、人間と人間の関係性についての物語

その二人の関係を、文中では「僕」に対する呼び方で表現しています。

例えば。

  • 【秘密を知ってるクラスメイト】
  • 【根暗そうなクラスメイト】
  • 【地味なクラスメイト】
  • 【仲良し】
  • 【ひどいクラスメイト】
  • ?????

【僕】は彼女のことを「君」としか呼ばないのに対して、彼女は【仲良し】くんだったり、【地味なクラスメイト】くんだったり。そのときどきに対して呼び方が変わります。

彼女は「君」と呼ばれることで嫌われているのかも?と思う。との記述。
彼女は呼び方の大事さと意味に気づいています。

だとすれば、彼女から発せられる言葉の【◯◯】くんは、主人公の名前をそのまま代入するのではなく、もしかしたら特別なニックネームで呼ばれていたのかもしれないと想像しています。トーンやニュアンス等も想像出来る余地が生まれることがこの【◯◯】の良い所だと思います。

文章の流れから何かを読み取ったり、想像や妄想したりする余地があるのが小説の楽しい所だと思い出しました。

この想像を助けてくれるのが、彼女の性格というか内面といった所だと思うのですが、ここの部分の書き方がとても上手でした。

「うわははっ」「くくくくく」

特に笑いの書き方がとてもツボで、一層魅力的な人なんだろうなぁと思いました。
うまいですね。

「僕」との掛け合いも絶妙で、ついついクスッと笑ってしまうような掛け合いがたくさん出てきます。

こうした描写が多く含まれていて、気づいたら二人と二人の関係が好きになっていました。
ここからくるクライマックスの展開でいっきに持って行かれます。

キャラクターがとっても魅力的なのは実際に見てもらえばすぐわかると思うのですが、数少ない読書経験からの引き出しで申し訳ありませんが、なんとなく涼宮ハルヒのキョンの初恋の人?の描写とちょっと似ている?かなと思いました。(わかりづらい上にとってもどうでもいい)

まとめ

ぜひ読んで欲しいなあと思います。
普段ライトノベルをよく読んでいる人はなおさら読みやすいんじゃないのかぁと思ったり。思わなかったり。

もともとこの小説は、WEBサイト「小説家になろう」発だそうです。
良い作品を作る人を見つける活動。出版社さんも努力してるんだなぁと感じました。

作者の住野よるさんは個人的にも好きなビレッジマンズストア好きだそうで、なるほど。好きなわけだと勝手に納得。

これを機に本屋さんで毎日良い本を探していますが、なかなかに見つからず。
また、良い本に出会えればいいなぁと思います。

しかし読書感想文はそんなに好きじゃなかったのに、いい話を読むと書きたくなってしまいますね。
母校は読書感想文の本に指定がありました。

読書感想文ってまず自分が好きな本を見つける所から始めるのが意味あることなんじゃないかと、ふと思いました。

脱線して

これは小説に限った話じゃないのですが、感動!とか銘打つものの多くはラストで「死」「別れ」で感動を誘ってきます。

個人的な話になってしまいますが、ぱっと出てきて仲間になったキャラクターが、ちょっといい事をさせて死んでしまった。いいセリフでもつけて。ほら感動するでしょ?みたいな流れが大っ嫌いです。

最近多いですよね。その関係性を読者が深く理解・共感しないうちにクライマックスのあの雰囲気になるとつらいものがあります。

死で感動を狙うなら、その関係性が重要になってきます。そしてそれを理解できる描写が必要です。
その関係を作っているのが普段の会話等の日常なわけだからここの描写がうまく行っているか行っていないかで感動の度合いが全く変わってきます。

あと個人的に必要だと思う要素は、「死ぬのかもしれない」っていう予感

これがうまく行ってるなと感じた作品は、
劇場版クレヨンしんちゃんの戦国大合戦と漫画の金色のガッシュのラストシーン(それ以外はうーんと思う場所もある)

クレヨンしんちゃんの場合は、もともとあるしんちゃんというキャラクター像が、そうした感動とはかけ離れている点、しっかりと又兵衛との日常を描いて関係性をしっかりと描いていたから。更に死は必然だったと思わせる演出もある。

金色のガッシュのラストシーンもそうですよね。これは「別れ」のほうですが。
どの場面を指すのか、指す場所がいっぱいありそうですが、清麿の卒業のシーン。バディでずっと一緒に戦ってきた二人が別れが近い事を自覚するシーン。

これもずっと長い間一緒に戦ってきて、それを見てきた読者が二人の関係性を深く理解しているからこそ、ここで感動できるんです。
コレも最初から別れありきの物語ですからね。

俺たち友達だよな!とかいう言葉じゃなくて、日常の会話や行動等で自然と関係性が理解できてはじめて、次の展開でよい感動になるのではないのかなぁと考えてます。

ここの部分すっとばして、ぽんぽん死んでいく物語でほらここ感動ポイントだからみたいな演出は正直ちょっと苦手です。

階段から落ちて死んだ!とか唐突すぎても関係性が薄くしか見えなければ、あっそう..みたいな受け取り方になってしまうかと…。

なんにせよ創作意欲を刺激されました!将来は自分も何か書けるようになりたいなぁ…!と思いながら次回作をお待ちしております。